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2011年7月21日 (木)

アメリカ海軍第38機動部隊

 北海道空襲は、アメリカ海軍第3艦隊第38任務部隊により1945(昭和20)年7月14日・15日に行われた。また、15日には第34.8.2任務隊が室蘭へ艦砲射撃を加えた。

 本州以南への空襲は主にB29によって行われたが、北海道にはB29による空襲はなかった。その理由は、B29が基地としていたマリアナ諸島のサイパン・テニアン・グアムとの距離にある。B29が爆弾8トンを搭載した場合、無給油航続距離は6070キロ、爆弾3トンを搭載した場合は8150キロだった 。サイパンから札幌までの距離は3123キロ、青森までの距離は2886キロであり、8トン爆弾を積んだB29が飛来できる最大距離は北東北付近であったことが分かる。

 7月1日、第3艦隊がレイテ湾を出発した。アメリカ海軍作戦本部長キング元帥の言によれば、その任務の目的は、日本艦隊の殲滅を完了すること、また日本本土侵攻作戦の前に全ての工業と資源を破壊すること、さらに日本の戦意を低下させることであった 。

 第3艦隊第38任務部隊は、第38.1、第38.2、第38.4の任務群から成りたっており、空母7隻、軽空母6隻、戦艦8隻、巡洋艦17隻、駆逐艦61隻が属する大艦隊だった 。

 14日・15日、第38任務部隊は、北海道・本州北部に対する攻撃隊を発進させた。第38.1任務群は主に道北および道東、第38.2任務群は津軽海峡および本州北部、第38.4任務群は道央および道南を担当した。

 任務群全体では14日に868機、15日に812機が飛行可能な状態であり、両日とも4~5波の攻撃隊が出動した。機種の内訳は戦闘機(グラマンF6F-5)、夜間戦闘機(グラマンF6F-5N)、戦闘爆撃機(ヴォートF4U-1D、ヴォートFG-1D)、爆撃機(カーチスSB2C-4、カーチスSB2C-4E)、攻撃機(グラマンTBM-3、グラマンTBM-3E)、撮影戦闘機(グラマンF6F-5P)であった。攻撃隊は、14日に334.835トン、15日に330.17トンの爆弾を投下した。また、発射した5インチロケット弾は14日に1726発、15日には2007発に及んだ 。

 アメリカ軍の攻撃は日本側にとって予想しない出来事だった。航空機による反撃は全くなされなかったが、陸上や艦船からの対空砲火が米軍機を撃墜している。アメリカ側の記録によると、2日間に40機が失われているが、うち20機は着艦時の事故によるものなどであり、戦闘によって失われたのは20機に過ぎない。その内訳は道南方面1機、函館4機、厚岸1機、釜石1機、樽前山1機、小樽2機、寿都1機、留萌1機、室蘭2機、八戸1機、松島1機、志津川湾1機であった 。ほとんどは対空砲火により撃墜されている。ただし、寿都の1機については米軍記録の誤りで正しくは岩内である 。米軍が出した戦死者と行方不明者は22名だが、そのうち4名は戦後に生存が確認されたため、亡くなったのは18名となる 。

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