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2011年7月29日 (金)

函館市

 函館市には14日・15日の両日に空襲があった。この時亡くなった人たちの埋火葬許可証が函館市役所戸籍課に残されており、『函館市史 統計資料編』に79名の性別・年齢・死亡場所・死因の一覧が掲載されている。しかし、埋火葬許可証は戸籍に準じる扱いという理由により、氏名は公表されていない 。また、埋火葬許可証を元にしているために、何らかの事情で函館市内で火葬されなかった人については収録されていない。


 本調査では、「函館空襲を記録する会」の浅利政俊氏の報告資料、札幌郵政局の『殉職録』、『戦没船員名簿』などを確認し、79名のうち42名の氏名が判明した。


 一方、『函館市史 統計資料編』以外の文献・資料から判明した犠牲者が43人いた。これらの中には、『函館市史 統計資料編』に掲載されている人との重複もあると思われるが、断定するまでには至らなかった。

 



【函館空襲の犠牲者】

 氏名判明・・・民間人68、船員6、軍人 2
 氏名不明・・・民間人15、船員0、軍人12


【主要参考文献】

・菊地慶一『北海道空襲 一九四五年七月十四・十五日の記録』(北海道新聞社,1995年)
・浅利政俊『教えてください、函館空襲を-空襲犠牲者の血みどろの証言から』(幻洋社,1991年)
・浅利政俊『第2次世界大戦下の銭亀沢村 村の少年・少女が語る戦争・空襲・連合軍進駐の新しい歴史掘り起こし記録 証言記録1』(2005年)
・浅利政俊『第2次世界大戦下の銭亀沢村 村の少年・少女が語る戦争・空襲・連合軍進駐の新しい歴史掘り起こし記録 証言記録2』(2005年)
・浅利政俊『第2次世界大戦下の銭亀沢村 村の少年・少女が語る戦争・空襲・連合軍進駐の新しい歴史掘り起こし記録 証言記録3』(2005年)
・浅利政俊『第2次世界大戦下の函館空襲 戦後60年・元函館市立万年橋国民学校児童が語る証言-戦争・空襲・連合軍進駐の新しい歴史掘り起こし記録- 証言記録1』(2005年)
・浅利政俊『平和学習のための戦後58年 米軍機による函館市大門地区(若松町・松風町・大森町)空襲の検証』(2003年)
・函館空襲を記録する会・北海道旅客鉄道労働組合函館地方本部・北海道旅客鉄道労働組合サークル協議会文化部会『平和学習のための戦後60年 米軍機による函館駅・函館桟橋空襲の検証』(2002年)
・函館空襲を記録する会・北海道旅客鉄道労働組合函館地方本部・北海道旅客鉄道労働 組合サークル協議会文化部会『平和学習のための戦後60年 米軍機による松風町第1鉄道寮空襲の検証』(2002年)
・武野伸二「函館空襲を追って-埋火葬許可証の発見から」,『地域史研究はこだて』,第6号,1988年
・戦没船員の碑建立会『戦没船員名簿』(1972年)
・札幌郵政局『殉職録』(1957年)
・函館市史編さん室『函館市史 統計資料編』(函館市,1987年)

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