« 南茅部町 | トップページ | 森町 »

2011年8月 2日 (火)

鹿部町

 鹿部町では14日・15日両日に空襲があり、陸上・海上ともに死者が出た。


 『鹿部町史』によると、14日に輸送船2隻が船入澗で攻撃され生存者2名のみ、また沖合の輸送船からも遺体6~7名を揚げたとある。『噴火湾空襲』には、同町の東光寺に保管されていた13人分の埋火葬認許下附願が収録されている。そこには乗船名は書かれていないが、『戦没船員名簿』などを確認したところ、第三星丸(北部機帆、148総トン)・明神丸(中谷武右衛門、59総トン)・千歳丸(海軍特設船雑用、177総トン)・第二神威丸(三井機船、247総トン)・神栄丸(田子村水産、53総トン)に乗っていた船員であったことが判明した。


 15日には、土砂崩れにより防空壕が押しつぶされ、子ども4人が死亡している。こちらについては『北海道空襲』に詳しい。

 


【鹿部空襲の犠牲者】

 氏名判明・・・民間人4、船員13、軍人1
 氏名不明・・・民間人0、船員 0、軍人0


【主要参考文献】

・菊地慶一『北海道空襲 一九四五年七月十四・十五日の記録』(北海道新聞社,1995年)
・戦没船員の碑建立会『戦没船員名簿』(1972年)
・荒木恵吾『噴火湾空襲』(1989年)

« 南茅部町 | トップページ | 森町 »

渡島」カテゴリの記事

無料ブログはココログ