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2011年8月14日 (日)

古平町

 古平町では15日に空襲があり、稲倉石鉱業所のマンガン鉱石を積み込んでいた射水丸(栗林商船、986総トン)が沈没した。『古平町史 第三巻』が、亡くなった船員14名、積み込み作業員5名の氏名を寺の過去町から明らかにしている 。この他、のちに船を解体処理したときに発見された2名の氏名不明者があり、合計21人が空襲の犠牲者とされてきた。一方、23人という説もあるものの、未確認となっていた。


 本調査で、『戦没船員名簿』を当たったところ、『古平町史 第三巻』に名前のない射水丸船員4名が15日に死去していることが判明した。したがって、古平空襲による犠牲者は23人という説が正しい。


【古平空襲の犠牲者】
 氏名判明・・・民間5、船員18、軍人0
 氏名不明・・・民間0、船員 0、軍人0


【主要参考文献】
・菊地慶一『北海道空襲 一九四五年七月十四・十五日の記録』(北海道新聞社,1995年)
・古平町史編纂委員会『古平町史 第三巻』(古平町,1998年)
・戦没船員の碑建立会『戦没船員名簿』(1972年)

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