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2011年9月17日 (土)

白糠町

 白糠町には14日に空襲があった。『叢書しらぬか第一巻 空襲前後』によると、庶路市街で2人、白糠市街で5人の死者が出ており、全員の氏名が判明している。


 また、海軍特設監視艇、白鳳丸(332総トン)も攻撃を受け、庶路恋問海岸に乗り上げ大破した。この時に死傷者が多数出て、町内の妙雲寺で葬儀が行われたが、その人数も氏名も不明のままとなってきた。


 今回、『戦没船員名簿』や各地の戦没者名簿を確認したところ、白鳳丸に乗船し戦没したと明記されている人が3人見つかった。また、乗船名は不明だが白糠沖や庶路沖で戦死したとされる海軍兵が7人見つかった。松本尚志氏のまとめによる「1945年7月14-15日北海道・東北空襲による被害艦船一覧」を見ると、白糠付近で空襲を受けた船舶は白鳳丸以外にはない。したがって、これら7人の人たちも白鳳丸に乗船し、空襲にやられたものだと判断した。


 『大湊防備隊戦闘詳報第九号(七月十四、五日敵機動部隊来襲ニ依ル対空戦闘)』に、白鳳丸が受けた攻撃の模様について書かれている。機密書類を搬出したとあるものの、犠牲者の数については書かれていない。結局、今回の調査では死者数は明らかには出来なかった。ただ、戦没者名簿はごく一部の地域でしか発行されていないことから考えると、9人以外にも亡くなった人がいるのは確実である。



【白糠空襲の犠牲者】
 氏名判明・・・民間7、船員2、軍人9
 氏名不明・・・民間0、船員0、軍人0


【主要参考文献】
・菊地慶一『北海道空襲 一九四五年七月十四・十五日の記録』(北海道新聞社,1995年)
・白糠町史編集委員会『叢書しらぬか第一巻 空襲前後』(白糠町,1982年)
・松本尚志「1945年7月14-15日北海道・東北空襲による被害艦船一覧 (1)艦船及び汽船の部 (2)機帆船の部」,『トカプチ』,第19号,2008年
・JACAR(アジア歴史資料センター),Ref.C08030453700,大湊防備隊『昭和二十年七月三十日 大湊防備隊戦闘詳報第九号(七月十四、五日敵機動部隊来襲ニ依ル対空戦闘)』(1945年),防衛省防衛研究所所蔵
・戦没船員の碑建立会『戦没船員名簿』(1972年)

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