« 白糠町 | トップページ | 釧路町 »

2011年9月18日 (日)

釧路市

 釧路市は14日・15日の両日に空襲を受け、市民に多くの犠牲が出た。


 『改訂版 釧路空襲』によると、死者の数は資料によってばらつきがある。例えば、「戦災復興誌」(1957年)では死者183人、「昭和20年釧路市事務報告書」では戦災殉死者192人ないし194人とされる。『改訂版 釧路空襲』ではどの数字が正しいか断定は避けているが、総合的に見た場合192人が妥当であるとしている。「戦災復興誌」では、遺骨204体を家族・縁故者に引き渡したとされる。192人よりも12人多い。『改訂版 釧路空襲』によると、空襲中にショックで死亡した人なども含まれるためだという。爆撃や銃撃により亡くなったわけではないが、この人たちも空襲犠牲者に含めるべきであろうと考え、本調査では204人を採用した。


 『改訂版 釧路空襲』には民間人156人および船員2人、合計158人の死亡者名簿が収録されている。確認したところ、他市町村への空襲で死亡した釧路市民が3人含まれていたため、この方たちについては本名簿では釧路市空襲の犠牲者とはしなかった。



 今回、『改訂版 釧路空襲』の収録資料や生存者の証言などを確認して、死亡者名簿に収録されていない13人の犠牲者名を拾い出すことが出来た。その他にも、情報提供を受け、釧路市空襲による民間人犠牲者167人と船員犠牲者2人の氏名が判明した。



 釧路市では軍の犠牲者も出ている。「昭和20年釧路市事務報告書」によると海軍関係の死者が23人あったとされる。うち20人は、海軍特設監視艇の第二玉園丸(316総トン)が釧路知人岸壁で攻撃を受けた際に亡くなり、あとの3人は別の船舶の乗船者だった。
海軍兵の氏名はこれまで一人も分かっていなかったが、今回の調査で第二玉園丸機関長など3人の氏名が判明した。陸軍兵についても2人の氏名が判明した。



【釧路市空襲の犠牲者】
 氏名判明・・・民間167、船員2、軍人 5
 氏名不明・・・民間 35、船員0、軍人20


【主要参考文献】
・菊地慶一『北海道空襲 一九四五年七月十四・十五日の記録』(北海道新聞社,1995年)
・釧路戦災記録会『改訂版 釧路空襲』(1988年)
・加藤忠史『子どもたちのための空しゅう60 あの日のことを伝えたい-釧路・根室・十勝・室蘭・その他-』(2005年)
・加藤忠史『祖父母が孫たちに語る釧路空襲 もう戦争はいやです 第2集』(2004年)
・釧路市立北中学校社会科部会『釧路の空襲 第1集~第2集』(1971年)
・由利義孝『おはなし くしろ物語』(北海道教職員組合釧路市支部社会科サークル,1992年)
・釧路鉄道管理局『釧路鉄道管理局史』(1972年)
・中村作蔵『あゆみ-釧路機関区五十五周年記念』(1956年)

« 白糠町 | トップページ | 釧路町 »

釧路」カテゴリの記事

無料ブログはココログ